2014年2月20日木曜日

その知恵にふさわしい柔和な行いを(ヤコブ3章13節)

あなたがたのうちで、知恵のある、賢い人はだれでしょうか。その人は、その知恵にふさわしい柔和な行いを、良い生き方によって示しなさい。(ヤコブ3章13節)

この御言葉は、「知恵ある人=柔和」であれ。と勧めている。
ということは、「知恵のある人が柔和ではない」という現実があったということだ。

この言葉で、私は一つの経験を思い出した。

田舎者の私が、東京に出てカウンセリング理論の勉強をした。
いい勉強をしたと思って、職場に帰り、ケース会に参加。
すると、ケース会の話し合いの中にうまく溶け込めない自分を感じた。
自分が学んだカウンセリングの知識をあてはめて、
参加者の意見の間違いを指摘したくなったからだ。

(私が学んだ理論からすると)その考えは違う!
他の参加者の意見を否定したくなる。
すると、かえって建設的な意見が言えなくなってしまっている自分に気づいた。

知識そのものに問題はない。
問題は、知識を剣にして、人を切ってしまう、自分自身。
知識、を身につけれるほど、
人を否定する。柔和とは反対の方向にいってしまうの自分の姿。

本当の知恵は十字架にかかって私の罪のために死んでくださったイエス様の内にある。
自分が得た知識で人を裁く自分の姿
そのままでイエス様のところにいくとき、
イエス様の柔和さが私の内に現れる。

それが
「知恵にふさわしい柔和な行い」(ヤコブ3章13節)


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